動きを表現する

じっくり型の私はこのテーマは苦手である。意識的に動きの早いものを狙ったショットは大抵は失敗である。でも過去のショットを振り返ってみるとまあまあと言うのが何枚かあった。また偶然に動きの表現につながったと思えるものもあった。恥ずかしいのだが今回はあえてそれらをご紹介しよう。

流鏑馬
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もう6年にもなるだろうか、偶然の機会に埼玉県の毛呂山町でこの町の出雲伊波比(いずもいわい)神社の流鏑馬祭りに遭遇した。馬上の凛々しい美少年に見惚れた。秋の日暮れは早く薄暗い境内は光量が十分でなかった。それにその頃のデジカメは性能が今ひとつだった。光学ファインダーはついていたが(Olympus C900)、1/20秒位のシャッタースピードしか切れなかったと思う。いよいよ順番が来て的馬場に向かう瞬間が来た。口取りの馬子に引かれて掛け声とともに馬が動き出した。その瞬間さっと乗り子の少年の顔に緊張感が走った。馬の動きに合わせてカメラを流してスローシャッターを切った。撮影条件の不十分がもたらした怪我の功名で動感が出たと思っている。技術的にはシャッターを押し込む力に押されて動線が右下がりになってしまったのが残念である。

飛翔
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3月に入ると白鳥たちは北帰行のためのウォーミングアップで飛ぶことが多くなると聞いて川本町の荒川べりに足をのばした。現地に着くや二羽の白鳥が川の上空を西から東に向けて飛ぶのを目撃した。慌ててカメラを向けて遅ればせながらオート設定の流し撮りでシャッターを切った。白鳥の飛ぶスピードは相当に速い。視野に入れるのが精一杯だった。シャッタースピードは記憶していないがこの明るさだから1/100秒位ではなかったかと思う。それでもバックは十分に流れていた。この後長いこと待ったが白鳥の飛ぶ姿を見ることは二度となかった。唯一のシャッターチャンスだった。カメラはNikon Coolpix 950、このカメラは光学ファインダーがついている。液晶モニターで動きを追うのは無理だろう。
最近になってPhotoshop2.0の機能を使って飛ぶ白鳥をパソコン上で作った流し画面に貼り付けてみた。でもこの写真に見られるような躍動感は決して得られないことを知った。


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白鳥が出たついでに今年Nikon D70に210ミリ望遠をつけて撮ったものをお目にかけよう。高感度設定でシャッタースピード2000分の1秒、水滴の一つ一つまで止まって見える。デジカメも進歩したものだ。白鳥も止まっているがその形から躍動感は伝わって来よう。長時間の待ちには三脚の使用が便利である。
白鳥は親しい家族同士、仲間同士でこのように唱和することがある。仲間の絆を高めているのだという。

子育て
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庭の巣箱に営巣した四十雀の餌運びをD70望遠で狙った。巣から出る時は大抵雛の糞を咥えている。飛び立ちの瞬間は早く視野内で飛んでいる時間はほんの一瞬、恐らく0.1秒以下だろう。飛んだ瞬間にシャッターを押しても大抵は何も写っていない。飛ぶ気配を感じたらシャッターを切る。連写はやっていないが恐らく普通の連写では無理だろう。マニュアルでピントはあらかじめ巣箱前20cmに合わせておき1/1000秒を切ったがピンボケ写真が出来た。ピントだろうか動体ブレだろうかよく分らない。三脚は使っている。折角鳥の形はいいのに残念である。なおこの撮影は4m位の距離からだったが一眼レフのシャッター音を鳥は感知するようだ。鳥を神経質にさせたくないものだ。

アゲハチョウ
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これも6年前Olympus C900での作品、闇雲にデジカメを振り回して変幻自在に飛び回る蝶を追った。蝶がどうやら画面に入っていた唯一の写真。動感があると言えばあるが、これは偶然の所産と言った方がいいだろう。初心者は何も恐れることなく自由な発想で自由な表現をしたいものだ。フィルム代のかからないデジカメはそれを可能にしてくれた。でも最近のデジカメのように光学ファインダーのないカメラではこれは無理かもしれない。

春の風
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風になびく柳、風の表現としては昔からあるテーマでとくにコメントすることもないが、ここでは子供達の動きがポイントになる。子供たちが駈けてくれたら良かったのにと身勝手に残念がっている。(Nikon Coolpix 5700)
重複になるので画像は載せないが「雲を撮る」(8月8日)の北風のとぶような雲の動き、風になびくエノコログサの写真も動感のある写真の例である。

古代蓮
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これもごく初期の作品、蓮だけでは何の面白みもないが、蓮に飛び込む二匹の花虻を捉えたことで画面に動きが出た。虻を追っていたのではこの瞬間は撮れない。たまたま形のよい蓮にピントを合わせていたら虻が飛び込んで来てくれた。このような瞬間を捉えるには普通は長時間の待ちが必要だろう。幸運としか言いようがない。(Olympus C900)

駿河台下
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この画面ではとくに大きく動くものは見当たらない。でも画面には躍動感がある。何故だろう?それはビルの壁に斜めに大きく映る銀杏の影である。その影は散る銀杏の葉を際立たせ吹く秋の風をダイナミックに表現した。動きを表現するのに必ずしも動いている被写体は必要でない。写真の奥深さと言うより、人の感性の豊かさ、自在さに驚く。(Olympus C900)

こうして見ると今回は私のデジカメ初期の作品が多いのに気付く。デジカメを始めて手にした時の新鮮な若々しい感動が今は消えてしまったのだろうか。年とともに体力、気力の衰えが動きの少ない静止画像に向かわせたのだろうか。枯淡の境地には早過ぎる。反省しきりである。
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by namiheiki | 2005-09-02 22:32 | デジカメ談義
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