カテゴリ:デジカメ談義( 30 )

動きを表現する

じっくり型の私はこのテーマは苦手である。意識的に動きの早いものを狙ったショットは大抵は失敗である。でも過去のショットを振り返ってみるとまあまあと言うのが何枚かあった。また偶然に動きの表現につながったと思えるものもあった。恥ずかしいのだが今回はあえてそれらをご紹介しよう。

流鏑馬
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もう6年にもなるだろうか、偶然の機会に埼玉県の毛呂山町でこの町の出雲伊波比(いずもいわい)神社の流鏑馬祭りに遭遇した。馬上の凛々しい美少年に見惚れた。秋の日暮れは早く薄暗い境内は光量が十分でなかった。それにその頃のデジカメは性能が今ひとつだった。光学ファインダーはついていたが(Olympus C900)、1/20秒位のシャッタースピードしか切れなかったと思う。いよいよ順番が来て的馬場に向かう瞬間が来た。口取りの馬子に引かれて掛け声とともに馬が動き出した。その瞬間さっと乗り子の少年の顔に緊張感が走った。馬の動きに合わせてカメラを流してスローシャッターを切った。撮影条件の不十分がもたらした怪我の功名で動感が出たと思っている。技術的にはシャッターを押し込む力に押されて動線が右下がりになってしまったのが残念である。

飛翔
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3月に入ると白鳥たちは北帰行のためのウォーミングアップで飛ぶことが多くなると聞いて川本町の荒川べりに足をのばした。現地に着くや二羽の白鳥が川の上空を西から東に向けて飛ぶのを目撃した。慌ててカメラを向けて遅ればせながらオート設定の流し撮りでシャッターを切った。白鳥の飛ぶスピードは相当に速い。視野に入れるのが精一杯だった。シャッタースピードは記憶していないがこの明るさだから1/100秒位ではなかったかと思う。それでもバックは十分に流れていた。この後長いこと待ったが白鳥の飛ぶ姿を見ることは二度となかった。唯一のシャッターチャンスだった。カメラはNikon Coolpix 950、このカメラは光学ファインダーがついている。液晶モニターで動きを追うのは無理だろう。
最近になってPhotoshop2.0の機能を使って飛ぶ白鳥をパソコン上で作った流し画面に貼り付けてみた。でもこの写真に見られるような躍動感は決して得られないことを知った。


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白鳥が出たついでに今年Nikon D70に210ミリ望遠をつけて撮ったものをお目にかけよう。高感度設定でシャッタースピード2000分の1秒、水滴の一つ一つまで止まって見える。デジカメも進歩したものだ。白鳥も止まっているがその形から躍動感は伝わって来よう。長時間の待ちには三脚の使用が便利である。
白鳥は親しい家族同士、仲間同士でこのように唱和することがある。仲間の絆を高めているのだという。

子育て
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庭の巣箱に営巣した四十雀の餌運びをD70望遠で狙った。巣から出る時は大抵雛の糞を咥えている。飛び立ちの瞬間は早く視野内で飛んでいる時間はほんの一瞬、恐らく0.1秒以下だろう。飛んだ瞬間にシャッターを押しても大抵は何も写っていない。飛ぶ気配を感じたらシャッターを切る。連写はやっていないが恐らく普通の連写では無理だろう。マニュアルでピントはあらかじめ巣箱前20cmに合わせておき1/1000秒を切ったがピンボケ写真が出来た。ピントだろうか動体ブレだろうかよく分らない。三脚は使っている。折角鳥の形はいいのに残念である。なおこの撮影は4m位の距離からだったが一眼レフのシャッター音を鳥は感知するようだ。鳥を神経質にさせたくないものだ。

アゲハチョウ
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これも6年前Olympus C900での作品、闇雲にデジカメを振り回して変幻自在に飛び回る蝶を追った。蝶がどうやら画面に入っていた唯一の写真。動感があると言えばあるが、これは偶然の所産と言った方がいいだろう。初心者は何も恐れることなく自由な発想で自由な表現をしたいものだ。フィルム代のかからないデジカメはそれを可能にしてくれた。でも最近のデジカメのように光学ファインダーのないカメラではこれは無理かもしれない。

春の風
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風になびく柳、風の表現としては昔からあるテーマでとくにコメントすることもないが、ここでは子供達の動きがポイントになる。子供たちが駈けてくれたら良かったのにと身勝手に残念がっている。(Nikon Coolpix 5700)
重複になるので画像は載せないが「雲を撮る」(8月8日)の北風のとぶような雲の動き、風になびくエノコログサの写真も動感のある写真の例である。

古代蓮
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これもごく初期の作品、蓮だけでは何の面白みもないが、蓮に飛び込む二匹の花虻を捉えたことで画面に動きが出た。虻を追っていたのではこの瞬間は撮れない。たまたま形のよい蓮にピントを合わせていたら虻が飛び込んで来てくれた。このような瞬間を捉えるには普通は長時間の待ちが必要だろう。幸運としか言いようがない。(Olympus C900)

駿河台下
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この画面ではとくに大きく動くものは見当たらない。でも画面には躍動感がある。何故だろう?それはビルの壁に斜めに大きく映る銀杏の影である。その影は散る銀杏の葉を際立たせ吹く秋の風をダイナミックに表現した。動きを表現するのに必ずしも動いている被写体は必要でない。写真の奥深さと言うより、人の感性の豊かさ、自在さに驚く。(Olympus C900)

こうして見ると今回は私のデジカメ初期の作品が多いのに気付く。デジカメを始めて手にした時の新鮮な若々しい感動が今は消えてしまったのだろうか。年とともに体力、気力の衰えが動きの少ない静止画像に向かわせたのだろうか。枯淡の境地には早過ぎる。反省しきりである。
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by namiheiki | 2005-09-02 22:32 | デジカメ談義

カラスウリを撮る

真夏の夜の夢とでも言ったらよいだろうか。このカラスウリの花を見たことがないという人は意外と多い。夜にならなければ花を開かないのだから無理もない。しかもその場所はふだんから人のあまり近寄らない薮なのである。日没とともに花を開き始め30分ほどで開き切る。それが翌朝には見る影も無く茶色の残骸が薄汚く葉にへばりついている。
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カラスウリの花の撮影にはコツが要る。私のノウハウを公開しよう。日没後の暗い時間だからストロボをたくことになる。しかしこの暗さになるとカメラのAF機能が効かない。レンズは虚しく行き来するだけである。解決策として懐中電灯を用意する。右手ひとつでカメラを持ち、懐中電灯を持つ左手を添える。これでピント合わせは可能になる。でもここでシャッターを切ると懐中電灯の赤い光が映ってきれいな純白は得られない。シャッターを切る前にピントのあった半押しの状態で懐中電灯の光をそらす。視野が暗くなった状態で闇雲にシャッターを押し込む。もし助手が居れば操作はずっと容易になる。接写だからピントは浅い。なかなかジャスピンというわけにはいかない。解決策はここでも何枚も撮ることである。10枚も撮れば1枚くらいはまあまあというのがあってもよい。

カメラはCCDの小さいものが有利である。CCDの大きい一眼レフはピントが浅いから格段に難しい。でもうまく使えばムードのある写真が撮れる。この例でも手前のレースにピントが合って花はぼけてしまった。贔屓目にムードが出たと言って置こう。あ、それから大事なことだがストロボの光量は普通の設定ではオーバーになって花は真っ白にとんでしまう。私は-2.0、つまり4分の1に絞っている。これで花弁のディテールが描写出来る。
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ストロボの写真は鮮明には写るが中間の色調が乏しくムードに欠ける。それに花だけ撮ってもつまらない。夕闇の情景を生かした風景写真が撮りたい。なんとか生の撮影が出来ないものか。暗さの限界への挑戦をやってみた。

日没直後のまだ薄明の残る頃、開きかけたカラスウリの群落を前景に暮色に包まれた風景を写した。でもカラスウリの姿は小さく花は半開きで迫力が無い。思い切って別にアップで撮った花を嵌めこんでみた。いささか不自然で恥ずかしいがこんな試みもあるという例として挙げさせてもらった。
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ニコンD70にマイクロニッコールをつけて開きかけの花を狙った。薄明の空と街灯の光を入れた。案の定ピントは甘い。それに感度自動制御機構が働いて高感度設定になったらしく画面が荒れてしまった。失敗作である。でも色調はストロボ撮影とはまったく違ったムードのあるものになった例としてあえて公開する。
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カラスウリの花の蕾は普通の花とは違っている。緑色の丸い蕾は頂点から五つに割れて外側に反り返る。その時に畳み込まれた繊細なレースを内側から引き出すのだ。微妙な生長ホルモンのバランスと水の浸透圧の働きの結果だろうか?自然の妙に驚く。
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おなじカラスウリの花でも夏の始めに咲くものがレースもすっきり伸びて美しい。今頃夏も終わりに近づくとレースの先端は丸まって伸びない。

毎年暑い夏が巡ってくると日暮れとともにカラスウリを探して家を出る。それは恋人に会うようなときめきと時間を忘れさせる瞬間が待っているからである。私と同じように暗くなるとカラスウリに集まる者がいる。スズメ蛾である。羽音を響かせてホバリングしながらその長い吸管を伸ばして花の蜜を吸う。
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by namiheiki | 2005-08-25 12:36 | デジカメ談義

水で生きる

生命は水から生まれた。水は水素と酸素で出来た最も簡単な化学分子、でもとても不思議な奇跡的とも言える性質を持っていて生命の根幹を担っている。例えば人間は体重の70%が水である。水が無ければあらゆる生命は存在し得ない。そんな水だから人には潜在的に水に対する憧れと渇望があるように思う。前回の雲も水だったが、今回は地上の生き物がどんなに水と美しく調和しているかを見てみよう。

蜘蛛の巣
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ここには蜘蛛の姿はない。でも蜘蛛の作った小さなネットが朝露に濡れて光っておりネックレスのような美しさをさりげなく演出している。見落としてしまいそうな小さな事象だが私達の身辺にはこんな奇跡が沢山ある。愛をもって自然に接すると色んなものが見えてくる。

春の水辺
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水蘚が朝日を浴びて光っている。よく見れば無数の子実体を伸ばしている。ここには水の姿はじかには見えないが水が画面に生き生きと輝きを与えている。

水面
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きらめく夏の太陽、水の表面張力を巧みに捉えて水面に大きな波紋を描いて自在に滑るアメンボ、見飽きぬ自然のショーだ。アメンボを通して母なる水の豊かさ、柔らかさ、包容力を表現してみたかった。素早く滑走する小さなアメンボをアップで捉えるのは難しい。救いは十分な光があることだった。でも明るい直射日光の下では液晶画面は見難い。とくにこの時は旧型のNikon Coolpix 950の暗い画面だったから心眼を見開いて、AFを信頼してシャッターを切り続けた。
余談だが近頃は人の流す洗剤のために水の張力が減少しアメンボの住めない池や川が広がりつつあると聞く。自然の発信する警鐘に人はもっと敏感でなければいけない。

土筆
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長い冬が去って桜咲く春、野にはツクシが一斉に顔を出す。一年で一番心楽しい季節である。朝露のびっしり降りた早朝、朝日にきらめくツクシの群れを逆光で狙った。春特有の柔らかい日差しが穏やかな画面をつくってくれた。日の当った水滴はたちまちに蒸散する。勝負は日の出後30分である。水滴の輝きを捉えるには逆光にかぎる。注意点は太陽の光をじかに画面に入れないこと。そうすれば露出はAEまかせでよい。私は中央重点測光を選択しているが、この写真では真中のツクシに合わせている。露出やピントに不安がある時は液晶画面で確認しながら何枚も撮ることである。この写真は可動式液晶モニターを備えたNikon Coolpix 5700で撮ったから低アングルが楽にとれた。
ツクシの姿は環境に敏感である。この写真のようにのびやかでおおらかなツクシが何時までも見られることを願っている。

ムラサキケマン
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早春の頃、林縁に控えめに咲いているケシ科の植物。分類的に近いケマンソウが仏具の華鬘に似るところからこの名になったという。柔らかい葉に芹のような深い切れ込みがあって葉縁にはぎざぎざがある。早朝の霧がこの葉縁に凝結して自然の造形の妙を見せていた。水玉は美しい。葉を縁取る水玉の行列はとくに眼を惹く。このような水玉は鋭いぎざぎざの葉縁を持つバラの葉にも見られる。

晩秋
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忍び寄る冬、冷え込んだ晩秋の朝、朝露は静かに降りる。枯れたカゼクサでさえも命を与えられたように光り輝く。ここで命は終わりはしない。来春には新しい生命が息吹くことを皆で心待ちにしていよう。

何時だったかテレビで砂漠で生きる昆虫(名前は忘れてしまった)の映像を見た。その昆虫は自分の翅に降りた夜露を樋のような翅で巧みに集めて飲むのだった。水と生命の関わりを見ていると地球の大切さが良く分る。
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by namiheiki | 2005-08-16 19:05 | デジカメ談義

雲を撮る

雲には夢がある。ドラマがある。地球には水があって空気があるから雲が出来る。その姿は人が感じるよりずっと早く、命あるもののように刻々と変化している。
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そんな雲を撮らない手はない。雲を撮るコツはタイミングである。何時もデジカメをポケットに入れておいてあっと思った時にシャッターを切る。これが基本である。空は広いからカメラは出来ればなるべく広角のものが欲しい。例によって厚かましく私の作例でお話をさせていただくが、これはお手本というわけではなく、あくまで話の材料として挙げているに過ぎないことをご了解願いたい。

夕焼け雲
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夕焼け雲は最高のテーマである。何時も美しい夕焼けが見られるわけではないが、それだけに美しい夕焼けに出会った時は嬉しい。太陽が沈んだ後の30分位が狙い時である。雲の色や形は刻々と変化するから一発で満足することなく何枚も撮り続ける。そしてベストの一枚を選ぶ。太陽が無ければ露出にあまり気を使うこともない。私は中央重点測光を慣用しているが、この作例では画面のほぼ中心で測光している。構図で注意すべきは必ず地上の風景を少し入れる。多くの場合シルエットになるが、これによって画面の奥行きと物語が生まれる。だから地上の形も大事である。しかし多過ぎると肝心の空が精彩を失う。

北風
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長い夏も終わり秋がしのびよる。強い北風に乗ってちぎれ雲が飛ぶ。風を表現するために風になびくエノコログサを前景に入れた。風の強い日には空気が澄んでいる。太陽の強い光にまともに向き合うアングルだが、このような時は太陽を画面に入れないで空の明るさを測光する。当然太陽は真っ白にとんでしまうがそれでよしとする。この写真では太陽をなるべく草陰に隠すようにした。測光時に太陽を入れると露出不足で真っ黒な写真になってしまうから注意する。

落日
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薄雲が太陽にベールをかけてくれる時がある。こんな時は安心して太陽を入れることが出来る。写真は望遠で雲の輝く部分を切り取った。

黄昏
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何とも掴みどころのない夕暮れの風景だがたまたま通りかかった飛行機が単調を救ってくれた。飛行機雲が空を切り裂いてきりっとした緊張感で画面を引き締めた。飛行機雲は何か旅愁やロマンを感じさせるものがある。

アフタグロー
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気象条件によって夕焼けの色は様々に変化する。夏の日の夕暮れ、異様に赤く染まった雲を見た。夕焼けは空気の澄む秋とか冬がきれいというのが通り相場だが、意外と夏がダイナミックで変化に富んでいる。

雨上がり
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黒く沈む地上の風景の単調を救う一つの方策は水を入れることである。水面は空を映してくれる。写真では大雨の後、冠水した畑の水溜りが地上のディテールを描写してくれた。

いわし雲
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初秋のいわし雲は美しい。中空にかかる雲は夕焼けと違って地上部が入らない。とっさに近くにあったキクイモの花のそばにかがんだ。空をバックに花を入れるのは意外と難しい。シルエットにならないように順光線を選ぶ必要がある。ピントは花と雲の両方に合うように花からはある程度離れる必要がある。花は点景で主体は雲である。

驟雨
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驟雨をもたらす真夏の入道雲、超広角レンズが要る大きさだ。出来れば落雷の光を入れたかったのだが・・・

梅雨明け
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最後に山の雲をひとつ。山は高いから雲も近くて澄んで見える。低地では見られぬ雲の姿がある。山に行ったから山だけに眼を奪われるのでなく空にも気を配りたい。

そういえば朝の写真が一つも無かった。私が朝寝坊というだけでなく、昼間の温度上昇のためか総じて朝よりも夕方の方が雲の形がダイナミックだと思う。朝の雲は総じておとなしい。
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by namiheiki | 2005-08-08 12:55 | デジカメ談義

ムードで見せる

広告とかムード派ホームページによく使われる手法だが、実は私はこれが得意でない。ムードの演出にはぼかしのテクニックがよく使われる。ぼかすにはCCDの小さいデジカメは不利である。被写界深度が深いからである。でも数センチのマクロ撮影とか、8倍、10倍ズームの望遠側を使えば十分ぼかすことは出来る。さらに大型のCCDを備えるデジタル一眼レフを使えばこれはもう35ミリ一眼レフに遜色ない写真を撮ることが出来る。私は使ったことがないがマクロ望遠と言って長焦点の望遠レンズで50cm以下のの近接撮影が可能なレンズもある。離れたところからのクローズアップ撮影が可能なだけでなくバックを完全にアウトフォーカスにしてしまう。

この種の撮影で注意すべきことは主題をいやが上にも鮮明に捉えることである。ピントが甘いと一般のピンボケ写真と変わることがなくなってしまう。見られたものではない。それだけに撮影は難しい。望遠と言い、マクロと言いブレの条件は揃っている。可能ならば三脚を使いたいところだが、そうすると今度はアングルの設定が制限される。私のカメラとは無縁だが、手ぶれ防止機構を備えたカメラは有利かもしれない。

さて例によって拙い私の作例でご勘弁願いたい。これらは私の愛機、Nikon Coolpix 950, Nikon Coolpix 5700, Nikon D70というスタンダードのカメラとレンズを使って撮ったものでる。

ムラサキシキブ
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ムラサキシキブの紫はなんとも言えず上品だ。雨に濡れて光る紫色の実をマクロで狙った。雨滴が膨らんでまさに落ちんとする瞬間を捉えた。雨の日は暗いし雨を防ぐ傘が必要だが、百円ショップなどで売っている安物の透明のビニール傘が最適だ。軽いし明るいし惜しげも無い。Nikon Coolpix 950

菜の花畑
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何時の頃からか前も後ろもぼかして中間の一点だけにピントを合わせるという撮り方が流行り出した。あまり意味のある撮り方とは思えないがムードで撮るのには良いのかもしれない。8倍ズームのNikon Coolpix 5700の一番長い望遠側で菜の花畑を覗いて迷いながらも比較的目立つ花にピントを合わせた。なおこのカメラには4倍の電子ズームが付いているが使ったことがない。ファインダーで大きく見えるというだけで画質が良くなるわけではないからである。

アカバナユウゲショウ
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今年はこの可愛い小さな花が路傍に沢山咲いた。”沢山”をどうやって表現するか?離れて撮れば花は沢山写るがひとつひとつの花は小さくなってしまう。Nikon Coolpix 5700の望遠側で花の密度を出してみた。花を的確に見せながら”沢山”を表現するにはこれは一つの方法かもしれない。こういう撮り方はあまりやったことがない。一つの実験だった。でも花のピンクと茎葉の緑が入り混じって、これは予期しない効果だった。

スミレ
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Nikon D70を手に入れて早速押入れで眠っていたニコンのマクロレンズを引っぱり出した。Micro Nikkor 60mm F2.8である。さすがにボケ味は最高、ありふれたタチツボスミレが森の妖精のように見えた。なお液晶モニターを利用できない一眼レフではこのような低アングル撮影にはL型アングルファインダーが必須になる。

こうして見ると私の写真はぼかしも中途半端である。どこかで背景に物を語らせている。でも何だかまったくわからないほどのぼかしが果たして良いのだろうか。大事なのはやはり内容である。何を伝えたいのか、それがきちんと把握されているものでありたい。
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by namiheiki | 2005-07-11 21:43 | デジカメ談義

パターンで撮る

着物や洋服の柄もそうですが繰り返しの模様は整列感、一体感、リズム感、永続性、無限性といった印象を呼び起こします。ウェブページでもよく使われる壁紙などその一例でしょう。自然や街中にこうした規則性を見出し、切り取って見せるというのはスマートな写真を撮るコツのように思われます。

しかし写真として一番大事なのはパターンそのものと言うよりパターンの中に何を表現するかでしょう。時には単調なパターンを破るポイントの導入が効果ある場合もあります。具体例で説明するのが分りやすいでしょう。厚かましいのですが拙い私の過去の作例を使って説明することにします。

初霜
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晩秋の冷え込んだ朝、整地された休耕田に真っ白な霜が降りた。昇る朝日が木柵の影を斜めに投影する。田の畦、整地面の直線、木柵の影が清々しい清涼感を与えてくれた。紅葉した小さな園芸林がポイントになった。


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柔らかな雪面に落ちる冬姿の木立ちの影、よくある写真だが雪で単純化された地表に落ちる枝の影の曲線と濃淡がパターンになって雪面の柔らかな曲面を表現してくれた。雪上の野うさぎの足跡もポイントだ。

田植えの後
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初夏、田植えを終えた田に鳥達は集まる。直線的な稲苗の列、それを横切るカルガモの列、直裁で気持ちの良いパターンになった。

防鳥ネット
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秋、実った米を小鳥から守るオレンジ色のネット、逆光に輝くネットは規則的なきれいなパターンを見せる。遠近感も出してくれて好きな被写体の一つだ。

いわし雲
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秋のいわし雲はパターンの典型で誰が撮ってもきれいなパターンが撮れる。これは逆光で空に幕を引いたような一風変わった絵になった。雲を撮る時は僅かにシルエットで入れる地表の風景にも気を配りたい。

晩夏の土手
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9月の荒川土手、土手の斜面は一面のエノコログサだった。半逆光で光る穂は美しい。でもそれだけでは単調だ。点在する赤い彼岸花が単調を救ってくれた。それでも不満だった。同じ場所で自転車の女学生を撮って後で嵌めこんだ。

森のシャンデリア
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下向きに光る白いエゴの花は辺りを明るく照らす。花の配列に一見規則性は無いように見えるが、アングルの取り方で枝の方向性や奥行きを出すことが出来る。

チカラシバ
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日頃は憎々しくはびこるチカラシバだが、朝露で化粧した時は何処の妖精かと訝るほどだ。群生する植物はみな同じ形の繰り返しだからパターンと言って良い。どうしたら奥行きと広さを出せるかだ。この写真では僅かだが上部に入れた遠景が奥行きを与えてくれた。

大藤
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藤棚の斜交する直線が基調となって藤の花房が織りなす模様が生きた。この場合は下部に小さく人影を入れることで広さと奥行きが出せたと思う。

「角を矯めて牛を殺す」の譬えもあります。気をつけなければいけないのは形に囚われて内容を忘れないことです。
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by namiheiki | 2005-06-28 13:47 | デジカメ談義

引算・その3

引算の良い作例があったので追加したい。

3月末に撮った公園の枝垂れ柳、この時期の柳は萌黄色の小さな花穂をつけていち早く春の訪れを知らせてくれる。早春の日ざしを斜めに受けて風に揺れる姿は美しい。その繊細な枝ぶりはごちゃごちゃしたバックでは死んでしまう。でもなかなか暗いバックが見つからない。仕方なく柳の木から30メートルほど離れた位置にある高さ数メートルの日陰になった石垣を利用することにした。柳のバックにこの石垣を画面一杯に入れ、かつ柳をなるべく多く入れるためにはさらに数十メートル離れた位置から超望遠で狙うしかない。残念ながらそれでも柳はごく一部しか入らなかった。それに風で揺れる被写体なので高速シャッターを切る必要もある。ちょっと迫力には欠けるが風に吹かれて揺れる枝の躍動感はある程度出たと思う。偶然入り込んだツグミが単調な画面にアクセントをつけてくれた。

PCで見てみるとふらふらにコントラストの悪い画像だった。しかしそこはデジカメ、レタッチでコントラストをたっぷりつけて誤魔化した。望遠で注意すべきは被写体とレンズの間の空気の層が厚くなるために、逆光ではとくにこういうヘイズが起こる。その辺をうまく逆に利用すると幻想的な写真が撮れるのかもしれない。
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by namiheiki | 2005-05-30 17:32 | デジカメ談義

引算・その2

前回ご覧に入れたような霧、雪はそう簡単には出会えない。今回は普通の条件でも光の工夫次第でバックのごちゃごちゃを省略することが可能であることを紹介したい。古いアルバムからひっぱり出した画像も混じるが個々の例を挙げてみる。


さくら(Apr.'03) 桜や梅のように明るい花は暗いバックで引き立てる。暗いバックは半逆光で得られやすい。川面に垂れる桜の枝、向う岸は影になっている。このような条件を満たすのは朝夕の斜光である。トップライトの日中は向かない。
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ニリンソウ(May'03) 画面に占めるバックの割合はは少しだが暗いバックを選ぶことで踊るようなさまざまな花の形がくっきりと浮かびあがった。白い花の場合はコントラストをつけることで容易にバックを黒く出来る。バックに黒い紙を利用する人もいるが、不思議なものでそういう写真は自然の雰囲気が出ない。同じ黒でも空気感がないからだろう。
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赤のハナミズキ(Apr.'03) 花曇りの日で柔らかい光がすみずみにまわっていた。グレイのモルタル壁をバックに低い位置にある形の良い一枝を狙った。思いがけず日本画風の写真になった。こういう写真は影が出るとぶち壊しになる。またバックのモルタルの質感が出てはいけない。ぼかして適度に殺すように計算する。
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ヒガンバナ(Sept.'03) 水面はきれいだしこれを利用するとバックを単純化出来る。色彩的にも赤い花にはよく合う。もっとも水際に生える花という制約はある。そういう花は水辺を歩いて足で探す。この写真は用水路の金網の目にレンズを差し込んで撮った。おかげで蝶にも逃げられなかったし手ブレも防げてじっくり撮影が出来た。
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スズラン水仙(Apr.'05) いよいよ良いバックが見つからない時は思い切って空をバックにする。奇をてらった感もなくはないが、スカっとした写真になった。この場合露出は多めにかける。でないと花が黒くつぶれてシルエットになってしまう。本当はレフを使うといいのだろう。下向きに咲く花は意外に多い。空は何処にもあるが、空には電線があるので気をつけたい。もっとも多少の写り込みはレタッチで修正出来る。低アングルだから背の低い花は普通のカメラではファインダーを覗けないし無理だろう。
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白いハナミズキ(Apr.'05) ハナミズキは枝先に上を向いて咲くから高い位置からの撮影が原則だがなかなか良い場所が見つからない。空をバックにあえて逆光で狙ってみた。白い花びらが透過光で輝いて意外にきれいに撮れた。雲を配してアクセントをつけた。
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コスモス(Oct.'03) 季節外れで恐縮だが空と言えばこの写真を取り上げないわけにはいかない。コスモスには何と言っても青い空がよく似合う。青い空に白い雲が流れてきれいな空だった。コスモスのブッシュにカメラを突っ込んで低アングルで闇雲にシャッターを切った。風の強い日だったが幸い画像は止まってくれたようだ。おまけに予期しない蜂まで写り込んでいた。絶え間なく風で揺れる被写体は揺れ戻る瞬間が一瞬停止する時だ。
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要は光と影をうまく使うことである。大抵の人は無意識にやっていると思うが、天候や時間、太陽光の角度をあらかじめ予測して撮影のプランを立てるのも楽しみの一つだろう。
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by namiheiki | 2005-05-10 21:57 | デジカメ談義

引算

「写真は引算の芸術」と言ったのはたしか緑川洋一だったと思う。カメラは正直だからあるものは何でもそのまま写し込んでしまう。その結果主題が薄められて意図のはっきりしないごちゃごちゃした写真になってしまう。だから如何に無駄なものを省略するかがポイントになる。

望遠レンズやマクロレンズによるぼかし効果や単純化はよく知られているが、雪、霧などの自然現象を利用するともっと幅広い表現が可能になる。でも雪や霧の日は多くはないのでチャンスを捉えるにはそれなりの努力が必要になる。私は天気予報に気をつけている。年寄りの特権で暇だけはある。雪の朝、霧の朝は早起きする。見慣れた風景は一変して幻想的な美しさを見せてくれる。わずらわしい人や車にも邪魔されることなく撮影に時を忘れる。

桜も終わりに近づいた4月14日の朝方、気温が下がって目の前でみるみると霧が出現した。平凡だった桜の木がピンクの逆光に浮き上がって妖しく輝いた。霧がバックのごちゃごちゃをベールに包んでくれたのである。

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同じ日に撮った「菜の花畑」、何と言うことのない平凡な写真だが一様に乳白色のバックで北海道のように広い雰囲気になった。
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古い写真だが雪と霧の写真の例、霧の中では逆光でもどぎつさは出ないで明るく光輝く写真が撮れる。
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霧の写真はギャラリーなみへい、見沼田んぼの「川霧」にふんだんに出て来ます。霧、雪以外にも省略の工夫はいろいろありますがまたの機会に。
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by namiheiki | 2005-04-27 14:19 | デジカメ談義

桜を撮る

私は桜を撮るのが苦手である。誰しも豪華絢爛光り輝く桜花を青空をバックに撮りたくなるのは人情であろう。でも撮った写真を見るとよくある写真でどうも人様にお見せするような代物ではない。先週末の好天気にひきかえ、月曜からは花冷えというか、菜種梅雨というか寒い日が続く。よしここは人の撮らないものを狙おうというわけで、しとしと冷たい雨の降るなかを首からD70を下げて家を出た。案の定こんな日にカメラをぶる提げて歩くような人間は一人も見かけない。

家のすぐ裏、芝川の調整池の土手の縁は桜並木になっている。10年前ここへ越して来た頃は小さな苗木だったがすっかり大きくなった。雨の日は散った桜の花びらは飛び去ることなく、着地した場所に万遍なく留まる。地面に雪のように降り積もった花びらは美しい。この地面を主題に狙う。ピントは数メートル先の地面に合わせる。こうすると被写界深度の深い広角レンズでは画面全面にピントが合ってくれる。点景となる人影が欲しかったが、待つこと5分、誰も現れてくれないので諦めて点景無しでシャッターを切る。写真に入っている二人の女性は後刻公園で撮った写真から切り出して貼り付けた。こんな芸当が出来るのもデジカメならではである。私の愛用するPhotoshop Elementsの持つマグネット選択ツールは優秀でこんな小さく複雑な対象も大した熟練もなくきれいに選択してくれる。大きさの調整も自由だ。


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芝川にかかる小さな橋を渡って大宮第二公園に入る。ここの遊歩道の桜並木は豪華だ。散った花びらが白いカーペットのように道を覆っていた。遠くから老夫婦が歩いて来た。身体の不自由な旦那を夫人が手と傘を添えてエスコートしていた。どうもこういう被写体を撮るのは気がひける。遠距離から望遠側でシャッターを切った。望遠効果で桜の密度が高まったようだ。
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枝垂桜が雨の中満開を迎えていた。条件は悪いし難しい被写体だ。思案しているうちにふと傍らの少女のブロンズ像が雨で濡れて桜の花びらを沢山纏いつけているのに気がついた。これこれとカメラを向けた。ロングとアップで狙ってみたが、さてどちらが良いかは皆さんのご判断にまかせたい。なみへいとしてはアップの方が主題が鮮明だと思うのだが・・・
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最後に雨の日の撮影の心得をひとつ。レンズフッドは光を避けるだけではない。雨も避けてくれる。私はこのフッドの上からレンズ拭きのクロスを被せて輪ゴムで固定している。シャッターチャンスではこのクロスをとるだけでOKである。勿論雨滴がついた時はこのクロスで拭えばよい。
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by namiheiki | 2005-04-13 14:45 | デジカメ談義