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見沼通船堀復元デモ

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今日はさいたま市の主催で復元された見沼通船堀のデモがあった。東縁の一の関と二の関の間に昔ながらの方法で水を貯め、実物の二分の一の船を浮かべた。一の関の閘門で二人のとび職が巾が20センチの板を一枚づつ積んで水を堰き止める。40-50分かかって約10枚の板を積み2メートル程の水位差が出来た。(写真で閘門の向うは芝川寄りになる。水位の差がご覧いただけるだろうか?)
面白いことに板は水に浮かべたものを長い鳶口(鈎のついた棒)で手繰って閘門の枠に誘導すると水圧で板は自然に固定されるのだった。逆に板をはずす時は鳶口で板にあけた取っ手にひっかけて吊り上げるというシンプルなものだった。運河の仕組みについては「語ろ具」に書いたものを参照されたい。
http://golog.nifty.com/archives/000207.html

夏休み最後の日曜日とあって大変な人出だった。人垣で写真どころかろくにに見ることも出来ず、説明も落ち着いて聞いていられなかった。だから記述は正確でないかもしれない。あらかじめお許し願いたい。でも300年近くも前の井沢弥忽兵衛為永の技術を目にして昔を偲んだ有意義な日だった。同じ機構のパナマ運河をもつ国のパナマ大使とそのご家族が臨席して見学していた。今はあまり見かけぬ白いパナマ帽をかぶっていたのが興味深かった。
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by namiheiki | 2005-08-28 19:15 | イベント

カラスウリを撮る

真夏の夜の夢とでも言ったらよいだろうか。このカラスウリの花を見たことがないという人は意外と多い。夜にならなければ花を開かないのだから無理もない。しかもその場所はふだんから人のあまり近寄らない薮なのである。日没とともに花を開き始め30分ほどで開き切る。それが翌朝には見る影も無く茶色の残骸が薄汚く葉にへばりついている。
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カラスウリの花の撮影にはコツが要る。私のノウハウを公開しよう。日没後の暗い時間だからストロボをたくことになる。しかしこの暗さになるとカメラのAF機能が効かない。レンズは虚しく行き来するだけである。解決策として懐中電灯を用意する。右手ひとつでカメラを持ち、懐中電灯を持つ左手を添える。これでピント合わせは可能になる。でもここでシャッターを切ると懐中電灯の赤い光が映ってきれいな純白は得られない。シャッターを切る前にピントのあった半押しの状態で懐中電灯の光をそらす。視野が暗くなった状態で闇雲にシャッターを押し込む。もし助手が居れば操作はずっと容易になる。接写だからピントは浅い。なかなかジャスピンというわけにはいかない。解決策はここでも何枚も撮ることである。10枚も撮れば1枚くらいはまあまあというのがあってもよい。

カメラはCCDの小さいものが有利である。CCDの大きい一眼レフはピントが浅いから格段に難しい。でもうまく使えばムードのある写真が撮れる。この例でも手前のレースにピントが合って花はぼけてしまった。贔屓目にムードが出たと言って置こう。あ、それから大事なことだがストロボの光量は普通の設定ではオーバーになって花は真っ白にとんでしまう。私は-2.0、つまり4分の1に絞っている。これで花弁のディテールが描写出来る。
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ストロボの写真は鮮明には写るが中間の色調が乏しくムードに欠ける。それに花だけ撮ってもつまらない。夕闇の情景を生かした風景写真が撮りたい。なんとか生の撮影が出来ないものか。暗さの限界への挑戦をやってみた。

日没直後のまだ薄明の残る頃、開きかけたカラスウリの群落を前景に暮色に包まれた風景を写した。でもカラスウリの姿は小さく花は半開きで迫力が無い。思い切って別にアップで撮った花を嵌めこんでみた。いささか不自然で恥ずかしいがこんな試みもあるという例として挙げさせてもらった。
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ニコンD70にマイクロニッコールをつけて開きかけの花を狙った。薄明の空と街灯の光を入れた。案の定ピントは甘い。それに感度自動制御機構が働いて高感度設定になったらしく画面が荒れてしまった。失敗作である。でも色調はストロボ撮影とはまったく違ったムードのあるものになった例としてあえて公開する。
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カラスウリの花の蕾は普通の花とは違っている。緑色の丸い蕾は頂点から五つに割れて外側に反り返る。その時に畳み込まれた繊細なレースを内側から引き出すのだ。微妙な生長ホルモンのバランスと水の浸透圧の働きの結果だろうか?自然の妙に驚く。
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おなじカラスウリの花でも夏の始めに咲くものがレースもすっきり伸びて美しい。今頃夏も終わりに近づくとレースの先端は丸まって伸びない。

毎年暑い夏が巡ってくると日暮れとともにカラスウリを探して家を出る。それは恋人に会うようなときめきと時間を忘れさせる瞬間が待っているからである。私と同じように暗くなるとカラスウリに集まる者がいる。スズメ蛾である。羽音を響かせてホバリングしながらその長い吸管を伸ばして花の蜜を吸う。
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by namiheiki | 2005-08-25 12:36 | デジカメ談義

水で生きる

生命は水から生まれた。水は水素と酸素で出来た最も簡単な化学分子、でもとても不思議な奇跡的とも言える性質を持っていて生命の根幹を担っている。例えば人間は体重の70%が水である。水が無ければあらゆる生命は存在し得ない。そんな水だから人には潜在的に水に対する憧れと渇望があるように思う。前回の雲も水だったが、今回は地上の生き物がどんなに水と美しく調和しているかを見てみよう。

蜘蛛の巣
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ここには蜘蛛の姿はない。でも蜘蛛の作った小さなネットが朝露に濡れて光っておりネックレスのような美しさをさりげなく演出している。見落としてしまいそうな小さな事象だが私達の身辺にはこんな奇跡が沢山ある。愛をもって自然に接すると色んなものが見えてくる。

春の水辺
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水蘚が朝日を浴びて光っている。よく見れば無数の子実体を伸ばしている。ここには水の姿はじかには見えないが水が画面に生き生きと輝きを与えている。

水面
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きらめく夏の太陽、水の表面張力を巧みに捉えて水面に大きな波紋を描いて自在に滑るアメンボ、見飽きぬ自然のショーだ。アメンボを通して母なる水の豊かさ、柔らかさ、包容力を表現してみたかった。素早く滑走する小さなアメンボをアップで捉えるのは難しい。救いは十分な光があることだった。でも明るい直射日光の下では液晶画面は見難い。とくにこの時は旧型のNikon Coolpix 950の暗い画面だったから心眼を見開いて、AFを信頼してシャッターを切り続けた。
余談だが近頃は人の流す洗剤のために水の張力が減少しアメンボの住めない池や川が広がりつつあると聞く。自然の発信する警鐘に人はもっと敏感でなければいけない。

土筆
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長い冬が去って桜咲く春、野にはツクシが一斉に顔を出す。一年で一番心楽しい季節である。朝露のびっしり降りた早朝、朝日にきらめくツクシの群れを逆光で狙った。春特有の柔らかい日差しが穏やかな画面をつくってくれた。日の当った水滴はたちまちに蒸散する。勝負は日の出後30分である。水滴の輝きを捉えるには逆光にかぎる。注意点は太陽の光をじかに画面に入れないこと。そうすれば露出はAEまかせでよい。私は中央重点測光を選択しているが、この写真では真中のツクシに合わせている。露出やピントに不安がある時は液晶画面で確認しながら何枚も撮ることである。この写真は可動式液晶モニターを備えたNikon Coolpix 5700で撮ったから低アングルが楽にとれた。
ツクシの姿は環境に敏感である。この写真のようにのびやかでおおらかなツクシが何時までも見られることを願っている。

ムラサキケマン
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早春の頃、林縁に控えめに咲いているケシ科の植物。分類的に近いケマンソウが仏具の華鬘に似るところからこの名になったという。柔らかい葉に芹のような深い切れ込みがあって葉縁にはぎざぎざがある。早朝の霧がこの葉縁に凝結して自然の造形の妙を見せていた。水玉は美しい。葉を縁取る水玉の行列はとくに眼を惹く。このような水玉は鋭いぎざぎざの葉縁を持つバラの葉にも見られる。

晩秋
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忍び寄る冬、冷え込んだ晩秋の朝、朝露は静かに降りる。枯れたカゼクサでさえも命を与えられたように光り輝く。ここで命は終わりはしない。来春には新しい生命が息吹くことを皆で心待ちにしていよう。

何時だったかテレビで砂漠で生きる昆虫(名前は忘れてしまった)の映像を見た。その昆虫は自分の翅に降りた夜露を樋のような翅で巧みに集めて飲むのだった。水と生命の関わりを見ていると地球の大切さが良く分る。
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by namiheiki | 2005-08-16 19:05 | デジカメ談義

雲を撮る

雲には夢がある。ドラマがある。地球には水があって空気があるから雲が出来る。その姿は人が感じるよりずっと早く、命あるもののように刻々と変化している。
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そんな雲を撮らない手はない。雲を撮るコツはタイミングである。何時もデジカメをポケットに入れておいてあっと思った時にシャッターを切る。これが基本である。空は広いからカメラは出来ればなるべく広角のものが欲しい。例によって厚かましく私の作例でお話をさせていただくが、これはお手本というわけではなく、あくまで話の材料として挙げているに過ぎないことをご了解願いたい。

夕焼け雲
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夕焼け雲は最高のテーマである。何時も美しい夕焼けが見られるわけではないが、それだけに美しい夕焼けに出会った時は嬉しい。太陽が沈んだ後の30分位が狙い時である。雲の色や形は刻々と変化するから一発で満足することなく何枚も撮り続ける。そしてベストの一枚を選ぶ。太陽が無ければ露出にあまり気を使うこともない。私は中央重点測光を慣用しているが、この作例では画面のほぼ中心で測光している。構図で注意すべきは必ず地上の風景を少し入れる。多くの場合シルエットになるが、これによって画面の奥行きと物語が生まれる。だから地上の形も大事である。しかし多過ぎると肝心の空が精彩を失う。

北風
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長い夏も終わり秋がしのびよる。強い北風に乗ってちぎれ雲が飛ぶ。風を表現するために風になびくエノコログサを前景に入れた。風の強い日には空気が澄んでいる。太陽の強い光にまともに向き合うアングルだが、このような時は太陽を画面に入れないで空の明るさを測光する。当然太陽は真っ白にとんでしまうがそれでよしとする。この写真では太陽をなるべく草陰に隠すようにした。測光時に太陽を入れると露出不足で真っ黒な写真になってしまうから注意する。

落日
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薄雲が太陽にベールをかけてくれる時がある。こんな時は安心して太陽を入れることが出来る。写真は望遠で雲の輝く部分を切り取った。

黄昏
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何とも掴みどころのない夕暮れの風景だがたまたま通りかかった飛行機が単調を救ってくれた。飛行機雲が空を切り裂いてきりっとした緊張感で画面を引き締めた。飛行機雲は何か旅愁やロマンを感じさせるものがある。

アフタグロー
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気象条件によって夕焼けの色は様々に変化する。夏の日の夕暮れ、異様に赤く染まった雲を見た。夕焼けは空気の澄む秋とか冬がきれいというのが通り相場だが、意外と夏がダイナミックで変化に富んでいる。

雨上がり
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黒く沈む地上の風景の単調を救う一つの方策は水を入れることである。水面は空を映してくれる。写真では大雨の後、冠水した畑の水溜りが地上のディテールを描写してくれた。

いわし雲
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初秋のいわし雲は美しい。中空にかかる雲は夕焼けと違って地上部が入らない。とっさに近くにあったキクイモの花のそばにかがんだ。空をバックに花を入れるのは意外と難しい。シルエットにならないように順光線を選ぶ必要がある。ピントは花と雲の両方に合うように花からはある程度離れる必要がある。花は点景で主体は雲である。

驟雨
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驟雨をもたらす真夏の入道雲、超広角レンズが要る大きさだ。出来れば落雷の光を入れたかったのだが・・・

梅雨明け
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最後に山の雲をひとつ。山は高いから雲も近くて澄んで見える。低地では見られぬ雲の姿がある。山に行ったから山だけに眼を奪われるのでなく空にも気を配りたい。

そういえば朝の写真が一つも無かった。私が朝寝坊というだけでなく、昼間の温度上昇のためか総じて朝よりも夕方の方が雲の形がダイナミックだと思う。朝の雲は総じておとなしい。
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by namiheiki | 2005-08-08 12:55 | デジカメ談義