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日光に遊ぶ

紅葉のこの時期は日光のいろは坂や東照宮周辺は人や車で混み合う。人込みの嫌いな私は大谷川周辺で遊ぶことにした。大谷川(だいやがわ)は湯滝、華厳の滝、霜降の滝など日光連山の水を集めて流れ下る。流域にはゴルフ場、公園、キャンプ場などが整備されているが、まだ豊かな自然も残されている。

先週11月9日、今市の大谷橋から眺めた日光連山である。左から男体山、大真名子山、小真名子山、、女峰山で、ここからの眺めは四季それぞれに素晴らしい。右手前の里山の左裾にゴルフ場がある。画面のほぼ中央になろうか。川の反対側にはキャンプ場や公園がある。
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だいや川公園の池に映る紅葉した木々、人々は東照宮やいろは坂を目指して素通りするのだろう。ここには人影はほとんど見えない。
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秋の日暮れは早い。4時過ぎには早々と日が落ちる。明日はゴルフ日和だろう。
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ゴルフ場の簡素なロッヂに泊り、10日は朝早く起きてコースを歩く。スタートホールからは男体山が真正面に見える。中腹から下の紅葉がご覧頂けよう。一番ティーは何時も緊張する場所である。
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朝露に光る反対側の18番グリーン、こうして見ると豊かな起伏がよく分る。一昨年の日本オープンでプロを悩ませた高速グリーンである。
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各ホールの要所要所に立つコゴメヤナギの大木、樹高は高く枝は低く張り出しプレイヤーを阻む。初夏には小さな花穂がつき、やがて白い綿毛を雪のように飛ばす。
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c0068924_16433733.jpg日光を代表するイロハモミジ、赤から緑へグラデーションが美しい。

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ラフで見かけたマムシグサ、こんな自然も残っているが、こんな処へ球を打ち込んだらお手上げである。本当に蝮が出ることもあるらしい。そう言えば初夏には子連れの雉を見たことがある。猿や鹿は何度も見かけた。
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クラブハウスの脇に立つ巨大なトチノキ、大きな葉が朝日に映えて黄金色に輝いていた。このトチノキは何故かほとんど花が咲かない。栃は雌雄同株だと思うのだが。
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私はスコアにはこだわらない。勿論良いスコアが出れば嬉しいが、それよりも楽しい思い出がまた一つ増えたことが嬉しいし、一緒にプレイしてくれた人達に感謝する。そして何よりも健康であることに感謝する。
Nikon D70 18-70mm, Nikon Coolpix 5700
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by namiheiki | 2005-11-15 17:35 |

幻想的な写真を撮る

幻想的な絵画や写真を好む人は少なくない。何故だろう?それはきっと心の中で現実には叶えられない純粋さや優しさやロマンを求めているからではないだろうか。

幻想的と言えば霧、秋が深まると朝霧が降りるようになる。先だっての霧の日に撮った写真である。
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このスズカケの木は大木で何度かトライしたが気に入った写真が撮れなかった。この朝は折からの霧で周囲の木が隠されスズカケの木だけが浮かび上がっていた。木の大きさや特徴を表現するのに必ずしも木全体を写しこむ必要はない。特徴的な一部を切り取って全体を想像させた方が大きさを表現出来る場合もある。またシンメトリーに真中に配置することで力強さを出せたように思う。(もっともほんの少しだが右に寄せている。それは葉の密度が右の方が少し重かったからである)

同じ日、霧の上がる前に林の中のコウヤボウキのところに行ってみた。やはり霧の中では同じコウヤボウキもしっとりと潤んで夢幻的に見える。バックの空気感が違うのである。
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同じ霧でも川霧は川の表面だけに霧が出る。川の水の温度よりも空気が冷たいからである。高い山の上から雲海を見るような感じで幻想的な風景に一変する。整いすぎてちょっと絵葉書的だが昨年の晩秋に現れた見沼の芝川の霧である。
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この時は霧が上がるまで何十枚かシャッターを切った。それはスライドショー「川霧」にまとめてある。スライドショーは言ってみれば組み写真で一枚では表しきれない動き、時間経過、情景を表現するのに役立つ。幻想的な雰囲気を出すには画面の切り替えはフェードイン、フェードアウトにかぎる。

「引算」でも出たが霧はバックを省略してくれるから普段では撮ることの出来ないすっきりした画像を提供してくれる。それは同時に非現実的であり幻想的であることに繋がる。チカラシバやエノコログサは霧の日はたっぷりと細かい露をつけ、逆光で信じられないような銀白色に変身する。
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霧にかぎらず朝露も夢幻的な情景を演出する。作例は打ち枯らした荒野の風景だがカゼクサに宿った朝露が美しく修飾してくれた。
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霧ばかりでなく朝晩の風景は幻想的な雰囲気を醸す。それはやはり光の向きが水平に近いこと、言い換えるとそれだけ厚い空気の層を通過した光であることによるのだろう。ご存知のように朝焼け、夕焼けはしばしば幻想に満ちた風景を演出する。
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一歩突っ込んでtwilightの世界も不思議な美しさに満ちている。ここでは薄明の醸す神秘的な雰囲気を感じる一例をあげる。季節外れの12月、奥日光の湯の湖で曇り日の未明に撮った一枚である。立ち木にカメラを押し当てて二分の一秒のスローシャッターを切った。
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花や野草にも幻想の世界はある。彼岸花についてはすでに紹介した(「彼岸花の幻想」、「水と彼岸花」)。
タンポポやチガヤの綿毛は幼年期への郷愁をかきたて幻想的である。綿毛を撮るコツはハレーションを恐れず逆光で狙うことである。すでにアップ済みの組み写真、ダンドボロギクの「旅立ちー微細なものを撮るー」も良い例と思う。
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花のアップでも光の扱い方一つで幻想的に撮れる。作例はごくありふれたミズキの花だが葉陰からの漏れ日が平凡な画面を一変させた。
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これも何のこともないヘクソカズラだがバックの水路に反射する光で引き立てられ、同時に花の置かれた環境が説明されている。
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「水と彼岸花」でも述べたが水面に映る光と影はしばしば幻想の世界に誘ってくれる。次の作例は早朝水面から飛び立つアオサギの姿である。飛び散る水滴が幻想と現実を繋いでいる。
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最後に「これなあ~に?」と重複になるがハゴロモの幼生の一枚を挙げさせていただきたい。撮った時は何かも分らず半信半疑でシャッターを切ったのだが森の中のミズヒキの上でペアでダンスを踊るまさに妖精の姿だった。こんな予期せぬことが起こるから写真はやめられない!
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by namiheiki | 2005-11-03 23:03 | デジカメ談義