<   2006年 12月 ( 1 )   > この月の画像一覧

水のミラクル

水は鏡である。いろんな物を映して見せる。でもその表面は単純ではない。ある時は鏡のように平らであるが風や流れ、さらにそこに住む生物によって千変万化に変身する。だから水に映る景色は実の世界と違って空想と変化に富んでいる。身の回りには川、池、田がある。雨の後には水溜りも出来る。誰でも無意識に水の入った写真を撮っているが意識して水を見るとちょっと違った風景が現れて来る。池、田、川、水溜りと分けてその効用を見てみよう。



土手道
あれ、写真が逆さま?と思うほど水面が滑らかである。ここは川の水位調整池で土手に囲まれた低い位置にあるので水面は静かな事が多い。この日の夕暮れは好天で雲も少なく夕焼けは今ひとつ物足りなかった。でも池に目を転じると池に映る土手の上の人影が童話の絵のように夢を誘った。思い切って現実はまったく無視して池に映る像だけで構成した。この写真をブログに載せたら「天に向って落ちて行く」という言葉を引用したコメントがあった。そんな吸い込まれるような感覚を誘う画面である。写真の成否は人影で決まる。右端の犬を散歩させる人影は嵌め込みであることを白状しておく。勿論同じ時に撮った数枚から転用ではあるが。
c0068924_21492464.jpg

土手道(2)
同じ場所での撮影であるが、こちらは現実と水面の像を上下対称的に配置している。こうする事でより写実的になったように思う。いずれの場合も左端の小さな葦の影がアクセントになって直線的な構成から来る単調を補っている。
c0068924_2150139.jpg

釣り人
これも同じ場所でのショットである。主題は夕焼け雲にあるが、釣り人のシルエットを持ち込むことで生活感が吹き込まれた。釣り糸による水面の輪が画面に動きを与えている。
c0068924_2151645.jpg

嵐の後
秋の台風の後はこの調節池はしばしば溢れる川の水を貯めて本来の機能を果たす。この時ならではの光景が現出する。このショットはまだ雨の落ちる水面に穂先だけをのぞかせた葦とカルガモの航跡を主題にした。
c0068924_21521615.jpg

やなぎ
増水した水に没したヤナギのシルエット、何処までが実物で何処からが影なのか区別のつかないところが面白い。黄昏の空のピンクが僅かに水面に映っているのがモノクロームの画面を救っている。画面下の僅かな漣も控え目ながら動きを与えている。
c0068924_21531117.jpg

冬木立
真冬の朝、葉を落としたヤナギとサクラの冬木立が半円の水面に映っている。このように曲線で縁取られると額縁効果で繊細な枝振りが洒落て見える。
c0068924_21541041.jpg

落日
漣による影の形と色の変化もよく取り上げられるテーマである。池に映る赤い夕日の漣による微妙な色の変化が美しい。肉眼で確認し難い色の変化もデジカメのCCDにははっきりと記憶される。輝く遠い水面だけを望遠で切り取ったので現実離れした色調になった。木立の黒い縦の影、水鳥の明るい横の影の織りなす水模様である。
c0068924_21545473.jpg


田で

田植え時
田に水が張られると微生物、プランクトン、昆虫、甲殻類、魚、両生類、鳥など色んな生き物が一斉に活動を始める。田植え時の田は苗と言う模様で彩られたキャンバスである。人の生活も映して暖かく郷愁を感じさせる題材である。
c0068924_21554921.jpg

c0068924_2265762.jpg

アメンボ
田の水路、きらめく夏の光、アメンボが水面を自在に滑る。水の表面張力を掴むしなやかな肢。でもその撮影は大変に難しい。水辺で水面近くにカメラを構えて彼らが近寄ってくるのを待つしかない。マクロのAFもなかなか言う事を聞いてくれない。忍耐の要る仕事である。撮影時はアメンボしか見ていなかったが水面の揺らぎ模様がこんなに面白いとは期待していなかった。
c0068924_21564610.jpg

アメンボ(2)
浅い透明な水溜りでは水底に映る水模様が面白かった。アメンボの水を掴む6本の肢の円い影がはっきりと投影されていた。
c0068924_2157113.jpg


川で 

私のフィールドである芝川は流れの滞る場所が多いので基本的には池での撮影と同じである。ただ冬季には水鳥が多い。しかし私の場合、水鳥はむしろ点景として扱うことが多い。水鳥そのものを狙うにはあまりに彼らの生態を知らないし道具や技量も伴わない。


白い夏雲が川面に映っている。ただそれだけだが川の流れと二羽のカルガモの立てる波が動きを表現してくれた。
c0068924_2158441.jpg

こちらは夕焼け雲、画面の端に見える葦の色が秋であることを物語っている。川面に映った赤い色が滲んで絵画的な表現になった。
c0068924_21584759.jpg

オオバン
オオバンはこの辺では真夏を除いて時々見かける。秋、川岸のサクラの紅葉が朝日を受けて水に映っていたが、葦原から泳ぎ出たオオバンの立てる波に揺らいだ。崩れた影の形と色に惹かれた。
c0068924_21592523.jpg

カワセミ
芝川では時々カワセミを見かける。晩夏の夕暮れ時、前を行く散歩の夫婦が指差して教えてくれた。なるほどカワセミの番いが水辺の枯れかけた葦にとまって水面を覗き込んでいた。標準ズームではこれが限界だった。カワセミは小さく入っただけだったが川面に映った雲が情景描写に役立ったように思う。斜めに何本も横切る高圧線の影は邪魔だと思ったのだが、揺らぐその影は画面を引き締めて情景描写に役立ったようだ。写真は素直に撮るものだと思った。
c0068924_215957100.jpg

ハクセキレイ
初冬の芝川、この川中に立つ杭はハクセキレイのお気に入りの場所のようだ。しきりにこの周りをホバリングしている。葦の影と杭の振動で出来る僅かな波を入れてシンプルで爽やかな画面になった。
c0068924_2202083.jpg

越辺川
川越市郊外を流れる越辺川は流れが速いのと小石が多く川底が浅いので何時も漣が立っている。雲からの漏れ日を映した模様ガラスのような川面に思わずカメラを向けた。ちょっと非現実的な面白い風景が出来上がった。
c0068924_221936.jpg


水溜り

朝の駐車場

近くに川も池も無いという方も居られよう。でも水溜りならアスファルトの上にもある。雨上がりがチャンスである。次のショットはプールの駐車場、朝早くで人も車もいなかった。黄色く色づいた銀杏を撮りたかったが今ひとつ興が湧かない。雨上がりであちこちに小さな水溜りが出来ていた。思い切り近寄ってしゃがみこむと銀杏がきれいに並んで水に映った。アスファルト上の白線も程よいアクセントになって情景描写に役立った。
c0068924_2215212.jpg


これも雨上がりの夕暮れ時、川沿いの土手道でのショットである。雲はきれいだったがまともに撮ったのでは地上部はシルエットになる。小さな水溜りに顔を寄せると水溜りとは思えぬ大きな空が見えた。
c0068924_2223254.jpg

朝の散歩道
川霧の立ち込めた朝の土手道を散歩する人影、ここでは土手道のいくつもの水溜りがアクセントをつけてくれた。
c0068924_223122.jpg

これでお分かりのように水溜りは雨上がりがキーワードである。でもそれだけではない、雨上がりは木や草や花に潤いと輝きを与えてくれることはご存知の通りである。

最後に大変類型的、古典的になるが水に映る初夏の花の写真をお目にかけよう。

ノイバラ
c0068924_2243186.jpg

ミズバショウ
c0068924_1136072.jpg


奇跡の物質、水の創出する美しさには何時も感動する。あらためて水の惑星、地球に生を受けた事に感謝せずにはいられない。
  
[PR]
by namiheiki | 2006-12-19 22:10 | デジカメ談義