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知床の旅

名古屋にいる息子がこの夏北海道に行かないかと言う。北海道は何度か行った事があるが、知床と利尻はまだ行っていない。世界自然遺産になったことだし知床が良いということになった。旅行の手配はすべて息子がやってくれて我々夫婦は全部おまかせで息子の言いなりについて行くだけでよかった。こんな旅行は生まれて始めてだった。年を取ったということか。

7月1日、女満別空港は厚い雲に覆われていた。予約していたレンタカーに乗って息子の運転で走り出した。息子の運転はカーナビに目的施設の電話番号を入れてエアコンをオートにセットして完全に車まかせである。なるほど”自動車”とは良く言ったものだ。道は広く車も少ない。アメリカかヨーロッパの田舎のような気分だ。かって幼い息子を乗せてアメリカを東から西まで走りまくったこともあったなあと感慨深い。あの1953年型ダッジは錆びた床が抜けそうで隙間風が入るので隙間にティッシュを詰めて走ったっけ。そうそう助手席のドアノブも壊れていて開いてしまうので紐でくくりつけていたな。

空港を離れるとすぐに広漠とした麦やビートの畑が波のように広がり畑を区切る背の高いエゾマツの直線的な列が目を惹く。途中アカシアの花が咲き乱れ白い花が道路に敷き詰められ見事だった。でも自分で運転している訳ではないのでいくら息子でも写真を撮るから停まってくれとは言い難い。そのうちまた見るチャンスもあろうと諦める。今のカーナビは目的地を入力すると予想到着時刻が出るがこれは時々刻々修正されるようになっている。スピードを上げるとどんどん到着時刻は繰り上がっていく。予定より早く第一目的地の小清水原生花園に到着した。

小清水原生公園
車を降りると外の寒いのに驚いた。小雨混じりの強い風が吹き気温は10℃位だろうが体感温度ははもっと冷たく感じた。ハマナス、エゾキスゲ、エゾスカシユリ、センダイハギ、シシウド、ハマエンドウなどの花々が千切れそうに風に靡いていた。オホーツク海の荒波が打ち寄せて時折オオセグロカモメが灰色の空を横切った。冬にはオホーツクの流氷がの海を埋めるのだろう。北の果てに来たという実感があった。原生花園は濤沸湖とオホーツク海の間の草原の自然がそのままに保存されていて花園と言っても人が入れるのはごく一部である。大部分は有刺鉄線がめぐらされていて一般の人は立ち入ることは出来ない。逞しい野生の道産子だけが自由に草を食んでいた。寒さと風を避けてか馬達はひとかたまりに寄り添っていた。

オホーツク海の荒波とオオセグロカモメ
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エゾキスゲ
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エゾスカシユリ
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ハマナス
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ハマエンドウ
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濤沸湖と花園の道産子たち
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丁度釧網線の一両仕立ての電車いやジーゼルカーがやって来て季節限定のおもちゃのような原生花園駅に停まった。これで釧路まで乗ってみたいと思った。
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海岸線沿いの国道をホテルのあるウトロへ向う途中、オシンコシンの滝を見物した。かなりのスケールの滝で途中から二つに分かれているので双美の滝とも言う。オシンコシンはアイヌ語で「エゾマツが群生するところ」だそうだ。このように知床の滝は海岸近くの断崖から海に流れ込むものが多い。海からすぐに山になる地形だからだ。此処から10分はど走って宿のあるウトロに着いた。
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知床で遊ぶ
翌2日は朝から快晴だった。波もあるとは思えなかったが予定していた観光船は欠航だった。世界遺産の名に押されてかすべてが慎重に運営されているようだ。楽しみにしていた知床五湖もヒグマ出没の情報がありハイキングコースは閉鎖されていた。カムイワッカの滝へのリムジンバス道もがけ崩れで閉鎖だった。やはり世界遺産なんだなあと妙なところで感心した。実際、遺産に指定されている知床半島の北半分はほとんど道も無く秘境と言って良いところだった。将来的にも開発はご法度なのだろう。

その日はウトロの港にあるオロンコ岩の展望台に登った。100メートル近い高さの巨岩に刻まれた石段を巻くように登りつめると平らな草原に出た。ここにはエゾカンゾウを主体にヒオウギアヤメ、ヤマブキショウマ、クサフジなどが咲いていた。眼下にはオホーツク海が渦を巻き、岸壁はオオセグロカモメの群生地になっていて絶えずカモメが飛び交っていた。遠くには羅臼岳から硫黄山に連なる残雪の峰々が連なって見えた。

岩壁を覆うエゾカンゾウの群落
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エゾカンゾウ
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ヒオウギアヤメ
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クサフジ
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ヤマブキショウマと知床連山
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知床自然センターから20分ほど森の中の道を辿ると突然視界が開けフレペの滝の見えるプユニ岬の展望台に出た。200メートルの断崖から海に落ちるこの滝は薄い水の幕を張ったように繊細で美しい。意味は分からないがフレペという語感もロマンチックだ。”乙女の涙”というロマンチックな名前がつけらている。不思議な事に断崖の上は草原で遊歩道になっていて川は無かった。これは地下水で出来た滝なのだ。

プユニ岬、正面の断崖はウミウの営巣地になっており日陰になっている右下にフレペの滝が見える。
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乙女の涙と形容される繊細なフレペの滝
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ドライブの途中、道の傍らにしばしば野生のエゾシカを見かけた。この時期、雄ジカは角を落としているので雌との違いがよく分からない。本土(北海道の人はこう呼ぶ)のニホンシカと同じ種類らしいがここでは環境が良いので五割かた大きくなるのだそうだ。

エゾシカの群れとバック右は羅臼岳
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羅臼岳の麓にある岩尾別温泉への道を辿る。終点にホテル地の涯という大そうな名前のついた宿が一軒あった。ここから羅臼岳への登山道がある。反対の沢道に沿って進むとかなり大きな滝に突き当たり、手前に滝見の湯という立て札があって小さな露天風呂があった。意外にも水着のご婦人が一人湯浴みしていた。ご婦人は悪びれることなく軽く会釈した。小径の傍らにはフタリシズカ、トリアシショウマ、セリなどがひっそりと清楚な花をつけていた。

トリアシショウマ
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フタリシズカ
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この日は半島の反対側、羅臼に宿を取ってあるので羅臼岳の肩にある知床峠を越える。峠からは羅臼岳が目の前にあり路肩には残雪も見られた。車が知床峠を過ぎて少し下ると前方に根室海峡が開け、あっと思うほど近くに長い国後島が横たわっていた。あれがロシアかと複雑な感慨がこみ上げた。
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羅臼の町にて

羅臼の町はひっそりしていた。丁度羅臼神社のお祭りだと言うのに町は人影まばらだった。港の見える小さな公園に菅笠を被った森繁の銅像と知床旅情の歌碑があった。お祭りで漁は休みなのだろう。港に繋がれた小さな漁船には日の丸と大漁旗が掲げられていた。港のすぐ向こうには国後島が間近に迫っていた。
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海べりの巨岩の下の薄暗い洞穴の中にヒカリゴケが自生していた。金緑色に光る苔は発光しているのではなくて原糸体という器官が光を効率よく反射しているのだそうだ。ヒカリゴケ科ヒカリゴケ属のコケで、1目1科1属1種、絶滅危惧I類(CR+EN)に分類されている、原始的かつ毀弱で貴重なコケ植物ということである。

ヒカリゴケ
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岩の斜面にはマンネングサや名の知れぬ植物がしがみつくように咲いていた。意外にもこんな海岸の岩にヤマブキショウマが群生していた。この日は羅臼温泉の宿に泊まった。静かなこの宿では晩餐に嫌と言うほどタラバガニや毛ガニが出た。
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7月3日は相変わらず快晴、やっと観光船も就航するというのでウトロまで戻る。途中知床峠の手前で羅臼湖まで小さい沼を繋いで2キロほどの山道の入り口があった。周辺にはエゾハコベ、ウマノアシガタ、ミツバツチグリなどが黄色い花をつけていた。湿原はきっと高山植物の宝庫なのだろう。しかし道の整備は悪く雪融けでぬかるんでおりとても短靴では歩けなかった。残念ながら諦めて中途から引き返す。

羅臼湖入り口から見た羅臼岳
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エゾハコベ
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ウマノアシガタ
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ミツバツチグリ
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知床観光船で
ウトロの港にはこんなに観光客がいたのかと思うほど人が行列していた。観光船は半島の中ほどにあるカムイワッカの滝までの往復1時間半、半島に沿って海から断崖や海に落ちる滝を見物することが出来る。カムイワッカの滝は硫黄山から流れ落ちる湯滝で最も大きい。フレペの滝を始め多くの滝は岩からしみ出る川の無い滝だった。断崖の岩には至る所にオオセグロカモメやウミウの営巣が見られた。
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フレペの滝
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岩壁から溢れ落ちる大小の滝たち
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カムイワッカの滝と硫黄山
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ウミウの営巣地
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オオセグロカモメの営巣地(オロンコ岩)
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往路の逆を辿り網走に向う。小清水原生花園は二日前とは打って変わって陽光の下にあった。濤沸湖の先には秀麗な斜里岳が長い裾野を伸ばしていた。道産子の馬達がのんびりと草を食むのどかな風景だった。10月から5月まで白鳥の飛来地になるそうだ。
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網走にて

網走の宿は天都山の近くの高台にあった。近くにアカシアの林があって白い花が爽やかに咲き乱れていた。念願のアカシアの花を堪能した。
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翌日は天都山展望台からの眺望を楽しんだ後、博物館網走監獄を見学した。百年以上も前網走に造られたこの監獄は北海道開拓の歴史と切り離す事は出来ない。鎖に繋がれ苛酷な道路工事の労務で死んだ囚人は道路わきに埋められ鎖を目印に置いたという。鎖塚として知られる。1973年に建物を新築し、旧監獄や関連の施設を天都山の麓のこの場所に移築保存した。

網走刑務所の看板のある煉瓦造りの正門を入るとすぐに池をまたぐ木橋があって、池は睡蓮で埋め尽くされていた。この橋はかって網走川にかかり街から刑務所への出入りに使われた。「流れる清流を鏡としてわが身を見つめ、自ら襟を正し彼の岸にわたるべし」の意から鏡橋の名が付けられたと言う。広い構内には関連の建物や展示物が散在していたが、其処此処に濃いオレンジの花が咲き乱れていた。ガイドさんに尋ねてコウリンタンポポ(紅輪蒲公英)を始めて知った。今年はとくに多いのだという。

鏡橋の下は今は網走川ならぬ睡蓮池になっていた。
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コウリンタンポポ
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女満別空港に向う旅の最後にちょっとしたハプニングがあった。ナビの指示で車を走らせて行くと網走の市内に誘導された。息子が電話番号の入力を間違えたのだ。文明の利器も過信しているととんだミスに繋がる。幸い時間に十分のゆとりがあったので引き返して事無きを得た。

景色良し、宿良し、料理良し、なみへいにはちょっと贅沢だが「なみへいの遊山」に相応しい旅だった。息子のプレゼントに感謝する。
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by namiheiki | 2007-07-17 12:15 |