<   2008年 12月 ( 6 )   > この月の画像一覧

木を撮る(6)

変わった撮り方

長々と談義を続けて退屈された向きも多いと思う。この辺で「木を撮る」シリーズを終りにしたい。最後に変わった撮り方をご紹介して締めくくりとさせて頂く。

ヤナギ

風に揺れる早春のヤナギの芽吹き、誰でも撮りたくなる被写体だがこのしなやかな美しさを表現するのは結構難しい。作例は実験的なこころみである。暗いバックを選んでヤナギの一部を切り取った。露出を絞りかつレタッチでコントラストを極端に強めて枝のカーブを強調してみせた。木の幹すらバックに沈んで見えず、しだれ枝の質感は失われてしまったがこれはこれでシュールなパターンとして見られるのではなかろうか。
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梅が枝

ここでは梅が枝の実体はほんの一部しか写っていない。写っているのは昔風の白壁に映る梅が枝の影である。でもそれが故に梅が枝の繊細な枝振りの全容がかえって強調出来たように思う。
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長屋門

最後にお見せするのはごくまともな写真である。旧家の長屋門の屋根から覗く中庭のハクモクレン、変な撮り方でも何でもないが屋根越しに見える木の上部が屋根瓦とマッチして格調ある趣きをかもしている。これは被写体そのものが持つ魅力である。写真はやっぱり足で撮るものと言うべきかもしれない。初心に戻れというのは写真でも本当らしい。
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by namiheiki | 2008-12-22 22:34 | デジカメ談義

木を撮る(5)

シャッターチャンスを生かす

木は動かないけれど勿論シャッターチャンスはある。季節、気象条件、時間でその装いと表情を一変するからである。作例をお見せするのが手っ取り早いだろう。

アカシデの芽吹き

早春芽吹き始めたアカシデ、枝振りの良い梢に前夜の雪が辛うじて残っていた。赤味のある枝に点々と残る白い雪が気持ちの良いコントラストをつくっていた。こんな時間は長くはない。雪が無かったら平凡な写真となるだろう。
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ハクモクレン

白い霧の中のハクモクレン、暗い杉木立をバックに仄かに浮き出してみえる。霧の醸す情感だろう。20分後には霧は上って平凡な風景になった。
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イイギリ

木の仰角撮影はよく見かける構図で力強さを表現するのによい。ここではイイギリの赤い実のマスを表現するためにすっかり葉を落とした12月下旬の時期を狙った。時期は長いようだがある日あっと言う間にヒヨドリが食い荒らしてしまうので油断は禁物である。もっともヒヨドリが啄ばむ姿も絶好の被写体であるが。撮影にあたっては赤い実に十分順光の行きわたるある程度日の傾いた時間がが赤も強調されて効果的である。逆光は禁物である。
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メタセコイア

好きな木で何度も登場して恐縮だがメタセコイアの紅葉が映えるのはやはり朝か夕方の色温度の低い斜光である。作例は朝霧も手伝って外国のようにきれいな風景になった。霧の出る日は一年に何日とは無いし早朝の短時間に限られる。チャンスは準備の出来た人にしか訪れない。
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エゴノキ

桜を始め花の咲く時期は勿論シャッターチャンスであるが、ここではエゴノキを紹介したい。この木は林縁にあることが多く葉が展開してから下向きの白い花を沢山つけるから森のシャンデリアと言われる。仰角撮影が一般的であるがここでは敢えて真横から撮ってみた。花の白が縁取って普段は他の緑に埋もれて樹形の目立たないこの木の形を浮き上がらせてくれた。
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by namiheiki | 2008-12-20 11:27 | デジカメ談義

木を撮る(4)

広い風景をバックに撮る

広い風景の一部として木を撮る時、主題を明確に木に置く事がポイントとなる。漫然と撮ると木は風景に埋もれてしまう。それにはやはり木を画面いっぱいに入れることである。主題は木であることを忘れずに風景はほんの一部でもよい。でも木が置かれた環境を説明するためにおろそかには出来ない。

残雪の八ヶ岳の遠望できる桜咲く4月下旬の日野原高原、山も桜も両方撮りたい。ここは思い切って広角で桜の並木を画面一杯に入れた。当然八ヶ岳は小さくなるがそれでも存在感はむしろ強調されて遠近感とスケールの大きさを出せたと思う。
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次の例は見沼の畑、代用水路脇のエノキが黄色く黄葉した11月、遠くの桜並木も赤く紅葉している。主題は勿論エノキである。広角で十分に大きく入れ、かつ低アングルで樹形を空に浮き上がらせた。遠景の風車や桜並木は画面下部にやっと入るだけである。秋らしく適当に薄雲のある空にも助けられてエノキを主題としながらもスケールの大きな風景になった。
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次の例は早春の公園のシダレヤナギ、花芽を出し始めたしだれ枝とヤナギの並木とを同時に撮ろうという欲張った試みである。ここでは枝を画面一杯にいれ、ヤナギ並木の全体像を小さく画面下部に入れた。ここでも広角レンズがものを言った。焦点深度が深い特性で近くの枝や花芽にピントを合わせたのだが遠方のヤナギまで十分描写してくれた。ヤナギに風と言うが風で揺れるヤナギの枝はカメラ泣かせである。出来るだけ高速シャッターを切ることも必要である。
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梅園では花をアップで狙う人が多い。ここでは枝振りを主眼に梅園全体の雰囲気を出したかったのでこんな構図になった。梅の下には沢山の梅見客が居たのだがうまくカットすることが出来た。
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by namiheiki | 2008-12-15 21:46 | デジカメ談義

木を撮る(3)

シルエットで撮る

前回は斜光の美しさをお見せしたが、逆光の空をバックに撮ると当然ながらシルエットになる。普通は嫌がる光線だがこれも利用の仕方で木の特徴を際立てる道具になる。

木の特徴がもっとも現れるのは葉を落とした冬の木立である。最初の例は形の面白さで見せるものだが竹箒を逆さに立てたような細長いサルスベリの並木の枝ぶりが主題である。全体に同じ形の繰り返しでパターンになっている。こんな時パターンを壊す余計なものが写り込まないようにカメラアングルを工夫する。(この場合邪魔な電柱をなるべく木の影に隠すように) シルエットを引き立てるために日没時の空の色のグラデーションを利用した。
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樹形は勿論大事だが同じように大切なのはバックになる空の表情である。これによって写真の雰囲気が決まってくる。次の二例は小さなハンノキだが夕焼け雲や夕日そのものが決定的な役割を演じている。
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次の例は旧家の屋敷門脇に立つムクの大木である。20m以上もあるこの木はさいたま市の天然記念物に指定されている。春先のまだ芽吹く前、独特の丸い樹形を沈む太陽をバックに撮った。
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逆光でなければシルエットにならないわけではない。次の例は同じムクノキだが左手のウメノキともども朝霧のためにシルエットに見える。
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次も同じ朝霧の風景であるが順光であるにかかわらず霧で手前の夫婦松にはまだ陽が当たっていないのでシルエットになった。霧のためにバックは単純化され松は浮き上がってみえる。
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これも朝霧の撮影、公園の池畔に立つ芽吹き始めたヤナギの木立。霧のためにシルエットの濃淡で遠近感が描出され、淡い色彩にも助けられて柔らかな早春の雰囲気が出たように思う。
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by namiheiki | 2008-12-13 16:01 | デジカメ談義

木を撮る(2)

光を生かす

木に限らないが光で木の表情は一変する。特に朝や夕方の光は木の梢だけに当たるから効果的である。全体に当たった光は散漫で平凡だが一部分だけに当たった光は存在感を強調する。最初の例は真冬の鹿沢高原、朝もかなり遅い時間だがやっと山の稜線から現れた太陽が斜面の落葉松林の霧氷に当たり始めたところを狙った。
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次の例は今が落葉のシーズンのメタセコイアである。最初の1枚は朝日が梢の先端に当たり始めたところ、二枚目は沈む夕日が梢を照らすところを木全体を仰角で狙った。色温度の低い光のせいでメタセコイアの茶色い葉は鮮やかなオレンジ色に輝いて印象的である。この木は広葉樹が上から落葉を始めるのに対し下葉から落葉するのも面白い。
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by namiheiki | 2008-12-11 18:00 | デジカメ談義

木を撮る(1)

なみへいの遊山デジカメ談義も心ならずもここ1年ほど留守にしてしまった。今回は木をテーマに取り上げてみたがいっぺんにと言うとつい億劫になるので数回に分けてこのテーマに挑戦することにする。

風景写真では必ずと言って良いくらい木が入ってくる。また木に咲く花や実は数多く写真に撮られる。でも木そのものをテーマに撮ることはあまり多くは無い。かく言う私も実は木を撮るのは苦手である。と言うかそれほど木に興味がある訳でもないし知識がある訳でもない。しかし長年撮りためた画像を見ていると木の表現で何かが言えそうな気もして来た。いくつかの作例について自分なりの感想を述べてみる。

いきなり驚かすような写真で恐縮だが、これはもう10年も昔に撮ったケヤキである。まだ寒が早春の気配が感じられる2月、裸のケヤキの木肌が美しいと思ったので素直に真正面からカメラを向けた。夜来の雨があがって林は靄っていたが濡れた木肌はあっと思うほどきれいだった。乾いた何時もの木肌は白く味気ないがこの時は生命に満ち溢れた艶やかな肌だった。カメラは斜に構えるより堂々と真正面から狙いを大きくとると迫力が出る。左右の僅かな空間だけで林の中であることは十分わかる。
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真正面から撮るという意味では次の二例も参考になろう。最初の画像は広い野に立つ茶に紅葉したクヌギの大木、二番目はテニスコートに植栽されたこれもきれいに紅葉した楓(モミジバフウ)である。木全体を写したくなるものだがカメラを引いてしまうと迫力が無くなる。全体を入れなくても見る人は木全体を想像してくれるものだ。見る人に想像力を働かせる、それが狙い目である。画面の8割を木が占め、下部の小さなスペースで背景を見せる。木のある環境の説明はそれで十分なのである。
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次の例は公園のアメリカスズカケノキであるがこれは「引き算」で登場させたことがあるのでこれ以上の説明は省略する。
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とは言うものの木全体を撮ることも無いわけではない。次の例は銀杏の黄葉であるが、これはまったく逆に黄色い銀杏を小さく画面の真ん中に入れることで美しい落葉の黄に目が行くことを期待した。左の桜の木は無くもがなと言いたいところだ。
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by namiheiki | 2008-12-09 17:31 | デジカメ談義